2025.12.20

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AM美容室で髪ツルツル。PM職場のギャル4人で忘年会。渋谷は人間がこんなにいたのかと思わされるくらい人間しかいなかった。酒飲んで飯食ってカラオケして、健全にてっぺん回る前に解散。年末の雰囲気が漂い、なんとなく夜中まで賑やか。みんなでプリ撮ろうよと話していたのに、全員忘れていて「次回は絶対平成ギャルピースしよう」と笑う。ギャルピを全員でteamsのアイコンにしたらヤバいっすよねギャハハ、とか言って爆笑していた。わりと本音で話せた気がしたけれど、小心者だから、開示するにはもう少し時間がかかりそうだ。ちょこっとだけ疲れたけれど、それでも楽しさが勝った。

酒の量を気をつけたものの、変に腹が減ってコンビニパスタをぺろりと平らげた。そのおかげで夜中に腹が痛くて何度もお花を摘み、完全に食い過ぎだよと夫は笑っていた。明日はなんもしない。

2025.12.18-12.19

18日。朝から出社。久しぶりに皆と話せてホクホクしたのと、隣の人に聞けばすぐ不明点が解消するのは非常に感動して快感を覚えた。在宅勤務はコミュニケーションにおいてのみ非効率だと改めて知る。ギャルと4回くらい一緒にタバコして、こういう時間いいよねと話す。たまの出社ならいいかも。たまの出社だからいいのかも。

19日。起床即、家は楽だと思う。顔出し対応がないのでそこは助かったが、なんとなく忙しくて資料作成もほとんど進まなかった。家であろうと出社であろうと、当たり前だが忙しさは変わらない。資料をでかすまでの営業日を数えると11日くらいしかなくて、日々の合間でちまちま作り上げることができるのか非常に不安だ。とりあえず月曜、上司にアウトラインだけ見てもらおうと思う。提案書ではないからコパイロット君とチャッピー君に頼って、今年中にはでかしたい。

2025.12.15-12.17

忙殺され記憶なし。夫は山場を越えたらしく、家事は全部俺がやるからと言ってくれた。なかなか勉強の気力が起きない。そう書きながら言い訳だな…などと思う。やんなきゃ試験は受かんない。

韓国ドラマを最終話まで観たので、一度勉強をしない理由はなくなった。明日は出社。あと数営業日乗り切れば楽しいクリスマスとお正月なので気合を入れて眠った。

2025.12.14

夫と掃除。夜にほんのちょっとだけ勉強。週末も心が休まらないんだよね、と漏らすと、分かると言っていた。ふたりでいる時は幸せだけれど、いかんせんふたりとも仕事が忙しくて、早く年末になればいいと毎日思っている。やらねばならないことが多くて、そのどれもが達成まで遠い。今年度を早く終えてしまいたいくらいだ。

来年は結婚式を完遂すること、新たな試験に合格すること、後輩を一人前にすること、夫と色んなところに行くこと。楽しみも多い。もう少しの辛抱。

2025.12.13

11:00起床。12:00に銀座で美容鍼なので、急いで家を出る。すっぴん日焼け止めのみ。

なんとか間に合って(奇跡)、ぷすぷす鍼を刺していただく。電流も流してもらって痛心地よい。肌は少し赤くなっていたけれど、わりかしすぐに引いた。通いたいけれど、お試し以降の料金が高くて悩む。ほうれい線と毛穴がなくなって欲しいけれど、もう少し店舗を探していい感じに通えるならばそうしたい。

夫に美容鍼に行ってくることを伝えた時、ハンターハンターのイルミ(顔にイボイボがたくさん刺さっている形態があるキャラ)と言われて、思ったよりもその通りで笑った。

2025.12.11-12.12

夫は出社や飲み会で不在がち。私は家でのんびり、しかし割とやることはあってパソコンに向かっていた。

生理中、腹は痛くなるけれど暴食はしないタイプなのに、今回は常に食欲があって、米もお菓子もパクパク食べてしまって止まらなかった。少しだけ体重が増え、生理中はお休みをしている筋トレをしっかりやり込んだ。夫に「いつもより食欲がすごくて困ってるから動く」とLINEすると、腹痛を心配する旨と笑っているリアクションが返ってきた。

動けば食べても良いという思考が出来上がったのは、この一年筋トレで8キロ落とした結果のおかげだなとつくづく思う。少し気にせず食べた2日間となった。

2025.12.9-12.10

8日の深夜から9日にかけて、地元の大地震で眠れず。

夫の書類コピーに付き合うため、深夜にコンビニに行っていた。帰宅する直前、Fから「ままぱぱ大丈夫?!」とLINE。その瞬間に絶対に地震だと思いTwitterを開くと、実家どんぴしゃで大地震が発生していた。夜中にも関わらずすぐに両親に電話すると、パパが優しい声で「避難するから、大丈夫よ」と言ってくれた。帰宅後に洗濯を干さねばならなかったのもほったらかしで、泣いた。心配と安堵が入り混じってめちゃくちゃだった。その後はずっとニュース配信を観て、夫はそばに居てくれた。

地元の友人たちとのグループLINEも活発に動いて、みんなの家族も無事、津波来るから逃げてる、道混んでて大変らしいなど不安な気持ちを各々連ねていた。「親より落ち着いてなくてずっと配信観てる」と送ると、わかるわかると言ってくれた。両親から折り返しがあり、大丈夫だからねと言われてまた泣く。3.11があったから、両親にも備えがあったのと、高台だったことが安心材料になって少しは落ち着いた。なかなか眠ることはできなかった。

10日は朝イチで母に連絡をして、父が仕事でひとり不安だろうからいつでも連絡するように伝える。余震も大きなものはなく、やっと落ち着いて眠ることができた。